「想い」と「科学」
農地における除染についてもお話をお聞きしました。
一般的に農地の除染対策として行われているのは「反転耕」といって、文字通り農地を反転して、
放射性物質が含まれている表土と汚染のない下層の土を入れ替える手法です。
生産者としては放射性物質への対策として評価する一方、深く耕すことによって作業が大変になる、
我々が精魂込めて作ってきた作物が育ちやすい「作土層」を失うことになる、など慎重な意見もあります。
その上で伊藤さんは、
反転耕というものは我々の作物の放射性物質対策だけが目的ではなくて、
非農家も共有できる対策なんだ、とおっしゃいました。
反転することによって、農地からの“土埃”が放射性物質で汚染されていないものになる、
そしてそれが用排水路に入らないことによって下流域の放射性物質の量も下がっていくんだと。
ここまでの考え方は正直私にはありませんでした。
得てして、こういった放射性物質の対策というものは、その“業界”にとってベストのものを選ぶ、
言い方を変えれば“縦割り”の対策について議論されてきているように思います。
そうではなく、その地域に住む方全体の利益になるような広い視点、言い換えれば“気遣い”“想い”をもって、
その上で対策を考える、この気付きは私にとって大変大きな収穫でした。
しかし、伊藤さんの凄いところはこういった“想い”に訴えるだけではなく、
しっかり“科学的”な裏付けを説明できるところです。
反転して下に埋まった放射性物質がまた上に上がってくるのではないかという問いに対しては、
セシウムの比重は1.9で水よりも重い。深く埋めれば上に上がってくることは無い。
井戸水など地下水が汚染される恐れがあるという問いに対しては、
チェルノブイリの事例を紐解けば、
放射性セシウムが30年で25cm、放射性ストロンチウムが30年で30cm沈降していることがわかる。
地下水に到達するまで沈降するには、半減期を何度も迎えその影響はほとんどなくなる。
その上で万が一のために、定期的に井戸水の放射能測定をすれば良い。
もちろんこれが「唯一無二の正解」というわけではありません。
しかし、科学的な裏付けがある多くの方が納得できる説明だと思います。
そして、科学的な話というのは、
「本当にそうなのか?」「ほかにいい方法があるのではないか?」ということを、
冷静に議論できるという意味で対立が起こりにくく、
よりよい方法を導き出すために重要な役割を果たすと私は思います。
そして実際この伊藤さんの「想い」と「科学」に裏打ちされた説明を聞いた提携農家さんは、
自分たちのことだけではない。土埃の中を子供たちが通学する、
土埃は当然空気より比重が重いのだから背の低い子供たちに合わせて考えなくてはならない。
少なくとも子供たちの通学路の両脇が“農地”であれば安心と思ってもらえるようにしなくては、
そういって反転耕に同意してくれたそうです。
除染について中々全体の同意が得られにくい現状、
これを解決するエッセンスがあふれるほど含まれる、そういうエピソードだと私は思います。