
震災そしてそれに伴う原発事故によって福島県の漁業は深刻なダメージを受け、しばらくの間漁に出ることすらままなりませんでした。
関係各位の海洋・海産物の厳密なる調査・状況把握、そして疑わしい海域・魚種を外し、流通ルートを明確化するなどの対応を取ることによって、
相馬双葉漁業組合では2012年の6月から、いわき市漁業協同組合では2013年の10月から試験操業が開始され、その対象魚種も徐々に増えつつあります。

しかしながらまだまだ厳しい状況が続いている、福島県の漁業。
そんな状況の中でも、新しい取組みにチャレンジする人たちがいます。
今回は相馬の浜の若者が取り組む地元の漁師料理伝承の試み、通称どんこボールといわれる「どんこ肝つみれ」について、仕掛け人の沖合底引き網漁船 清昭丸 船主 菊地 基文(もとふみ)さんに、震災前後の状況と今後の展望も踏まえながらお聞きしました。
本日より3回に渡ってお届け致します。
その1 初めての朝日が忘れられない。 (2014年1月20日公開)
その2 自分の子どもにも食べさせたい。 (2014年1月21日公開)
その3 今は捕れなくても価値を上げることはできる。 (2014年1月22日公開)
漁師をやるつもりは全くなかった
漁師の4代目でいらっしゃるという菊地さん。実は漁師をやるつもりは全くなかったそうです。
その理由を伺うと、
「海の仕事がいやだったからです。親父は俺が物心つくころには船から降りていたので漁をする姿は見ていなかったんですけど、周りから入ってくる過酷な漁業の情報を聞いていたのでいやだと思っていました。魚臭いし、友達とも休みが合わないし、女の子にもモテない仕事だと思って。船には死んでも乗りたくない。」と断固拒否の構えだったという菊地さん。
そんな彼が大学2年から3年になる時に大きな転機が訪れます。
「母親から、親父が病気で余命数か月というのを聞いて、改めて親父のことを考えました。親父は若いころに怪我して船から降りていたのに、維持費がたいへんで手間ばかりかかる船を何で手放さずにいたのかということをぼんやり考えているうちに、代々守ってきた船を自分の代で手放すというのは申し訳なく思えてきて。」

この気持ちは何となくわかります。私のような農家にとっての農地が漁師にとっての船なんだな、そう思ったのです。
「とりあえず親の死に目には、俺が船に乗るから安心しろ、と言って送ってやろうとそう言いました。そうしたら、それが親戚一同に広まってしまい、引くに引けない状況になってしまったんです。」と菊地さんは笑っていましたが、これも運命のいたずらでしょうか。
しかし、卒業後船に乗ったものの最初の航海は悲惨なものだったそうです。
「4日間にわたる漁だったんですが、船酔いが酷くて…帰ったら母にやっぱり無理だ、向いてない、やめると言おうと思って戻って来ました。」

ですが菊地さんがその言葉を伝えることはありませんでした。
「その帰港途中、陸(おか)が見えない沖の海で見た朝日が忘れられないくらい綺麗で。今まで海で見る朝日というものは見たことがなかったんですよね。
それに、疲れていたんだけど、陸(おか)に戻れば遊べると陸に近づくにつれてノッてきて。
これならあと1、2航海くらいは出来るかな?っていうのが、“ずっと続いています。”」と微笑む菊地さん。
「海に出てると大変なことしかない」とおっしゃるので思わず私も笑ってしまいましたが、
雄大な自然と過酷な仕事からの解放感、人としての根源的な欲求が漁師の世界の魅力なのかと、妙に納得してしまいました。

相馬の漁師は若手が多い
高齢化が進む第一次産業。菊地さんも若手の一人かと思いましたが意外にも「もう中堅です」との言葉。
「ここの浜は昔から若者が多いんですよ。多分東北一若い漁師が多いんじゃないでしょうか。」

理由を聞くと
「稼げるからでしょうね。この浜は小型底引き網漁の水揚げが日本一なんですよ。
どの世代でも同級生や同年代の漁師が多くいるので、浜のなかでの競争も激しく、何よりもよっぽどの時化(しけ)じゃない限り出船します。
全国的に船が出ていなければ魚の水揚げも少ないので当然浜値は上がります。そうやって頑張るから稼げる。
それに代々世襲の漁師が多くて、中学卒業と同時に漁師になるというのも普通にあります。
一年間は見習いということで給料半分なんですが、2年目からは一人前にもらえます。
それぐらいの若い年齢でも相当額の給料がもらえます、漁獲が上がる船は。仮に今は漁獲が上がっていない船に乗っていても、そういう良いところを見ている。
そういうのは本当にやる気が出て面白くてたまらないんじゃないですか。」
日本の一次産業は若手人材の不足に悩まされている所がほとんどです。その対策としてやりがいの提示や労働の緩和などが挙げられますが、根源的な所として、やはり“稼げる”というところは重要だよな、ということを改めて教わることとなりました。
「仕事をがんばったらがんばっただけお金という形になって返ってくる、それは漁業の醍醐味だと思います。」
次回、自分の子どもにも食べさせたい。 は1月21日にお届けいたします。